雨も強くなる中、下北沢へ移動。コースを考える時に移動を短くしておいて良かった。
1990年の来日公演のあり方を思うと、あの頃は来日ミュージシャンが下北沢を歩くなんてレアなことだった。今ではそれこそ2015年のリッチー・ラモーンの初来日公演のように、新宿や渋谷、下北沢のライヴ・ハウスを使った公演も組まれる。でも1990年代に海外から来るバンドは◯◯公会堂やホール、そして武道館のような大きな会場でやるあり方が当たり前でライヴ・ハウス公演は(あったけど…)イレギュラーなことだったと思う。

だからラモーンズのメンバーが下北沢を歩いてたなんて、歩いたことがある人だったら「えええ」ってことになるだろうね。マッシュルーム頭のジョニー・ラモーンが歩いてるんだから。でもあの時あまり騒がれなかったのはなぜだろう? Gジャンだったからかな?



1982年からあるフラッシュ・ディスク・ランチという老舗のレコード屋さんにジョニーを連れて行ったのは、店長の椿さんに会わせたかったし、ちょうど何もない日の夜だったからだ。そう書いていつも公演スケジュールがぎっしりのラモーンズに野球に行く以外のオフ日が他にもあったのか? と今さらスケジュールを見直している。振り返ると面白くて私は正直に書くと、ツアーに密着しててフィルムの現像とかやらなきゃいけないことがたまってて、この日はジョニーを椿さんに任せて私は一旦家に帰って仕事をしていた。椿さんは英語が話せるので、当時お店の裏にあった小さい下北沢らしいレストランでジョニーと何かを食べていた。





椿さんにあの頃の話を伺うと「裏にあった店は映画のポスターが貼ってある古い映画を流しっぱなしで見せてる映画好きにいい店だったんだよ。ジョニーは映画も好きだったでしょ? それでそこに行ったんだ」と教えてくれた。映画や音楽の話、それからアメリカを知っている人と話すのがラモーンズのメンバー全員にとってON THE ROADの間にリラックスできるひと時だったと思う。スターとして扱ってほしいというような立ち振る舞いはしないバンドだったし、それがアルゼンチンのサッカー・スタジアムでショウをやるビックネームのバンドでもそこは冷静だった。



結局、思えばソロでCJとリッチーが、ジョーイはその頃下北沢の鮎川誠さんの家に遊びに行ってるので、マーキー以外のラモーンは下北沢に行ったことがあるというのは偶然だけど面白い。でもイースト・ビレッジかソーホー的な雰囲気だからきっとリラックスできたんじゃないかと。私にとって1990年代はリアルタイムだったから、来日公演が終わっても、ジョニーが行ったその店に私も行こうなんてノスタルジーな気分にはこれっぽっちもならなかった。そうしたら店はなくなっていた。

聖地巡礼の参加者は、ジョニーがサインをした壁は今保管されていて見れなかったけど、写真とサインは普通に貼ってあるので今も見ることができます。椿さんは「ラモーンズの音について話したいことがあるんだ」と言ってくれてるので、近いうちにトークショーでも企画せねば。そして『I LOVE RAMONES』の中で、中野サンプラザの警備員に看板を取られそうになるシーンでその看板をこっそり中に持って入ってくれたレコード屋の店長さんというのがこの椿さんでした。
当時の話をしていると、看板を持ち込めないとわかりロビーで対策を練っていた私は「どうやって警備員の壁を突破して中に入ろうか」と意気込んで考えていたつもりだったけど、椿さんには「サンプラザの階段を上がったら隅っこでしょんぼりしていた」と見えていたそうだ。


椿さんが倉庫から写真を撮ってきてくれました!

ジョニーが下北沢で過ごした日、私は仕事をこなしてまたお店に戻った。私と友だちとジョニーで、お喋りをしながら歩いて茶沢通りまで行き、タクシーを捕まえたことを覚えている。ジョニーはもう東京に慣れていて「ここタクシー通る? 来るなら大丈夫」と言いマンハッタンにいるみたいに自分でタクシーを捕まえて新宿のホテルに戻っていった。<続く>

PS.椿さんとジョニーの店内のツーショット写真持っていたはずなんだけどなぁ……


フラッシュ・ディスク・ランチ : 東京都世田谷区北沢2丁目12-16三鈴ビル2F
TEL : 03-3414-0421 @flashdiscranch
 

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2018.06.19

テキスト&写真 : 畔柳ユキ / Ramones Fan Club Japan ©RAMONES FAN CLUB JAPAN
取材協力 : もにゃこ(RAMONES FAN CLUB JAPAN)
デザイン : ヤーボ・ラモーン(東京ラモーンズ)

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