RAMONES FC JAPANが1990年代に制作したオール・ラモーンズ・ファンジン 『LOCO PRESS』 !! 1994年から1997年の間にvol.1〜vol.10までを世に残し、当時の日本中のラモーンズ・ファンを楽しませてくれた味のある手作り感が最高のファンジン!! この『LOCO PRESS』こそ、現在も継続して活動を続けるRAMONES FC JAPANのまさに原点で、90年代の活動の軌跡と言えます!
今回は1994年9月に制作された記念すべき創刊号である『LOCO PRESS vol.1』を創始者のYUKI会長と共に、当時会員で現在はスタッフ業務をサポートさせてもらっているスタッフ・シンが、ダイジェストで振り返っていきたいと思います ! < スタッフ・シン >

 

内容紹介の前に、まずは1994年という時代背景から遡ってみると、ラモーンズの日本での活動状況は川崎クラブチッタを3連日ソールド・アウトにしたり、じわじわと人気が出てきた時期でしたが世間の波はGREEN DAYがブレイクしメロコア全盛期。OFFSPRINGやNOFXに比べ、オリジネーターであるラモーンズの知名度はまだまだメジャーとは言えない状況・・・。さらにラモーンズを知りたいと思っても、2013年の今と情報手段が決定的に違うのが、SNSどころか携帯電話やインターネットが今の様に普及していないので、国内盤CDのライナーを目からビームがでるごとく読み漁り、稀に掲載される国内の音楽雑誌の記事をみつけては食い入るように読みふけっていたのが古き良き90's!! そんな環境の中に届いたラモーンズしか掲載していない『LOCO PRESS』!!当時会員になったばかりの自分は、初めて見るラモーンズ・ファンジンに狂喜して、嬉しくて何度も何度も繰り返し隅々まで読んだ記憶が・・・(涙)
それでは『LOCO PRESS』の生みの親であるYUKI会長に登場してもらい、約20年前(1994年)の記憶を引きずり出してもらいます!! < FCスタッフ・ シン >



Q:まずは『LOCO PRESS vol.1』を制作して約20年が経過しているのですが気付いていました?(笑) 当時はここまでFCを長く活動すると想像できました?

ぜんぜん気がついてません。だいぶやっているなとは思ったけど、誰かに言われて知った。自分がやりたいことを、その時その時でやるってタイプなんです。(「FCをやれ」とジョニーに言われて)やると決めた以上、頑張ってみるかという感じでスタートしました。
元々私は仕事は音楽雑誌の編集をやっていたし、何かを作ったりクリエイティブなことに関わるのは好き。しかも好きな音楽だし頑張れるでしょう? これが音楽じゃなくて野球でも、誰かにやれと言われて押されたらやってる気がする(笑)。でも、ジョニーのように、バンドに対してしっかりとしたビジョンがあって、そこに対してのアプローチや意思がぶれない男が背中を押してくれたからできたというのもあると思う。彼は頭がいいから、私が頑固な人間だということや、編集にかかわっていたこと、それからラモーンズが大好きだということ、いろんなことを総合してみて「やれ」と言ったんだと思う。今となってはね。


Q:1994年のラモーンズの人気度はどうでしたか?

80年代後半までのラモーンズは、ヨーロッパや南米の人気もまだ大きくない時代だったけど、90年に加入したCJがバンドにもすっかりなじんでいたこともあって、日本語で表現すると「油がのっている」時期というか、パフォーマンスはピークで良い状態だったと思う。ライヴは続けていれば良いグルーヴが生まれるでしょう? その最高潮の時だったと思う。でもジョーイの体調はいまいちの時もあったので、それを除けばという意味でね。


Q:表紙で掲げられた、あの「桜」と「日本刀」という粋なデザインのイーグル・ロゴはどのように誕生したんですか?

世界のファンのことは意識もしていない時代だったけど、ああゆうの作っちゃったよ。日本にいて日本人の発想で考えて作っていたけどジョニーがある時「お前がもっと英語を勉強して英語ができたらワールド・ワイドなオフィシャルのファン・クラブを任せるんだけど」と言った。それ聞いて「冗談じゃないよ。無理無理」と思っていたけど、その言葉で「ああ、この人日本だけじゃなく世界でファン・クラブつくりたいんだな」とも思ったので、その時何か日本ぽいイメージのものがいいやと思って刀と桜にしました。なんだか外国人が芸者、フジヤマみたいなノリだけど、当時の発想はそんな感じで貧困というか、まあ…バカなんで(笑)。でもメンバーにはえらいウケてたね。


Q:自分は当時会員で、郵便受けにあの『RAMONES FAN CLUB JAPAN』とスタンプされた大きな封筒が入っていると大喜びしていたんですが、発送作業での苦労話やどんな事が大変でしたか?

今も大変です。時間がなくて。あ、何だか今と変わんないな(笑)。特に当時は全部手作業だからいろんなことに時間がかかる。「一斉送信」でもできれば楽だし時間も有効に使えたけど、封筒に切手を貼って段ボールにがっさり荷物入れて、がらがらカートひいて郵便局に行く時代。ボランティアのスタッフたちとお菓子をたべながら何百枚もの封筒を梱包してたよ。でもそれは大変だったけど楽しかったし、そうやって時間がかかってしまうことやアナログ作業が生み出す何かもあったわけ。当時は特に。

例えば、メールで文字のニュースが送られてくるのは早くていいけど、絵はがきが知らない外国のラモーンズ・ファンから届くことの意味という、そんな部分。メールの言葉より、ジョニーの手書きの手紙の方が生身の人間を感じられる。だからそれはそれでよかった。会員がお菓子やコーヒーを郵便で送って差し入れしてくれたり、ネットワークもDIY的でアットホーム。仕事なら給料がでるからいいけど、ボランティアだから、バンドのためにやって自分が満足してなければ出来ない。その物理的作業より会報を作る方が大変だったけど、この部分はとにかくジョニーが100%サポートしてくれたから出来た。

あれだけファンのことを考えて行動してくれるバンドのメンバーなんてそうはいないと思うから、そうゆう意味ではありがたかった。とにかくいつも気にしてくれた。「サインはいるか? 情報はこれ」てな具合。今思うと、なんであんなにマメだったんだろうと思うけど、やっぱり日本や日本のファンが大好きだったからじゃないかなと思うよ。


Q:当時のスタッフは通常の仕事を終えてから、夜な夜な集まって『LOCO PRESS vol.1』を制作したとの事ですが、どれ位の期間かかったのですか?

本当に夜な夜なだったね。基本的には内容は私が作るけど、英訳を当時のスタッフがやってタイプライターで打って、版下っていう印刷に出す紙に貼付けて〜みたいな。手作業を集まれる人が私の家に集合して終電までやっていた。みんなよく頑張ってくれていた。今のスタッフもそうだけど。宛名書く係は宛名を書き、それぞれやれることをやる。私は原稿を書いたり、ジョニーから届いたサインを近所にコピーに行ったり、会員からの手紙やはがきを読んで載せるものを選んだり。私もファンだから何が欲しいかは自分が見たいもの、知りたいことをやればいいという発想だったからそこは簡単だった。


Q:とにかくラモーンズにまつわるNEWSがなかなか入ってこなかったので『LOCO PRESS』のNEWS欄は有り難かったです! 例えば映画のサントラや海外のCMでラモーンズの曲が使用されている事やTOUR DATEも知れて嬉しかったのですが、NEWSや情報はどのように集めていたのですか?

自分が音楽関係の仕事にたずさわっていたので、そこは割と簡単に情報を手にいれられたよ。例えばレコード会社に行ったときにがーっと輸入雑誌に目を通したり、当時の担当者がラモーンズ・ファンだったから、ニュースもすぐに教えてくれたり。あとはジョニーからの手紙です。


Q:メンバー公認のFAN CLUBというのが大きな魅力だったのですが、『LOCO PRESS』で協力してくれたメンバーはいますか?

まずはジョニーです。彼のコントロール下におかれていたとも言える(笑)。でも来日すれば全員、マネージャーのモンテも含めみんな協力的だった。本当に日本のファンや日本が好きなんだ。それは直接話もしたことがある君もわかるでしょう? ファンには温かく優しいよね。


Q:はい。本当に優しかった!自分が勝手に持っていたジョニーの印象は、媚びない・群れない・笑わない的な恐そうなイメージだったのに、実際に会えた時は英語が話せない自分に対して分かりやすい言葉を選んで「何でも良いからインタビューして良いよ」と笑顔で言ってくれた。あの時は最高に優しくてカッコ良かった!ジョニーの「ファンを大切にする」というポリシーはRAMONES FAN CLUB JAPANでも反映され続けていますね!では、初めて『LOCO PRESS』が出来上がった時はどんな気持ちでしたか?また会員の反応はどうでしたか?

会員の反応はとても良かったよ。はがきや手紙が沢山届いてた。これしか情報のソースがない時代だからね。音楽雑誌もあったけど、来日時以外ラモーンズのことはあまり載らないからね。出来上がった時は、ほっとしたというか「ああ、出来た」って感じで任務遂行している気分でしたね。読んで感動というのはない。文字の誤植をみつけてひきつってたよ(笑)。数字はジョニーにもわかるでしょう? だから誤植を数字でみつけて「これ何だよ?」とか言ってくるんだ! 信じられる?でも、それだけしっかり読んでくれていたということになるからありがたいけどね。


YUKI会長ありがとうございました!!ラモーンズ愛が詰まった『LOCO PRESS vol.1』が出来上がるまでの当時の物作りの大変さが良〜く伝わりました! それでは『LOCO PRESS vol.1』ダイジェスト盤をたっぷりとお楽しみ下さい!!!!




T. ファン・ジン「フィズ」マガジン
  20周年記念インタビュー:JOHNNY,JOEY,CJ(日本語抜粋版)

翻訳が苦手なファンには超有り難くて嬉しかった海外の音楽誌『FIZ MAGAZINE』のインタビューを日本語訳で掲載! しかも20周年を迎えたラモーンズに、なんと10才の少女がインタビュアーで可愛い質問のオンパレード!「あなた達のお家はどんな感じなの?」「兄弟はいるの?」 「子供の頃、お父さんお母さんは好きだった?」「学校での成績は良かった?」等、他誌では聞けなさそうな内容がたっぷりで、メンバーも楽しみながら、しっかりと対応している印象が微笑ましい!! 


U. フォレスト・ヒルズ・ストーリー
 

これまたお宝コーナーで、何とYUKI会長が1986年に訪れたフォレスト・ヒルズでの話と写真を掲載!後に、YUKI会長:著『I LOVE RAMONES』でも触れられている渡米話をこのコーナーで楽しめます!!さらに、YUKI会長手書きの海賊の宝が眠っていそうな地図付き!
 


V. MUZIC ZONE
  「第1回:座談会/ディー・ディー・ラモーンのソロを語る」

  まず注目すべきは座談会のタイトルが濃い!「ディー・ディーのソロを語る」なんて一般誌ではまずあり得ない!しかも本気!(笑) 「“I HATE FREAKS LIKE YOU”ってだれの事だろう?」「自分のことじゃない?」「そんな感じがする・・」と、やっぱり濃すぎ(笑) ファンジンならではのディープさが凄まじい!!でも、当時はディー・ディー脱退後のNEWSは皆無だったんで、やっぱり有り難かった!! 


W. 連載インタビュー
  「アイ・アム・ラモーンズ・マニア」第1回
  東芝EMIラモーンズ・担当ディレクター/野津宏之 氏

現在のHPで定着している『I'M RAMONES MANIA』もvol.1から掲載していて、記念すべき第一回は東芝EMI:ラモーンズ担当ディレクター:野津氏が登場! 普段は表に出てくることはないレコード会社の方の生声が聞けるのもファンジンならではの特典で、メンバーの普段の顔を垣間見れたり裏話が盛りだくさん! 文面にもラモーン愛が溢れており、ラモーンズ・マッシュ族であるこの御方が担当であったことが日本におけるラモーンズの躍進に大きな影響があったんだなーと痛感!!




1994年発刊の「LOCO PRESS vol.1」はいかがでしたか?当時ならではの大変さと苦労がYUKI会長からのインタビューでも伝わりましたが、当時にしか出せない “ファンジン(紙)” としての手作り感と個性的な各コーナーは最高です!! まだまだ今回は創刊号のvol.1なので、次回はさらにパワーアップされた「LOCO PRESS vol.2」を紹介します!!


企画・編集 / FCスタッフ : シン
アート・ワーク / FCスタッフ: YARBO RAMONE(東京ラモーンズ)

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