前回は3月に来日したマーキーのドタバタ・リポートをお届けしましたが、今回はマーキー質疑応答@シネセゾン&HMV全内容をお送りしま〜す☆
2日間に渡って映画上映やサイン会の前に繰り広げられたトークショーでは、元メガデスのマーティ・フリードマンが上手すぎる☆日本語で司会を務めてくれました。
4月のラモーンズ仕事に埋もれてUPするのが遅くなってしまった。ごめんね〜☆
感想やご意見・ご要望は、BBSやメールでよろしく!!

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■□■ 2005年3月11日(金)
■□ マーキー・ラモーン トークショー@シネセゾン渋谷
■ 司会:マーティ・フリードマン


「日本語の司会がんばるぞ〜!」(マーティ:左端)

Q:どうして、毎年毎年(ライヴで演奏する)曲のテンポが速くなったのですか?


A:簡単だから速くなっただけ。演れば演るほど演奏が簡単になったので、凄い速くなっていったんだ。

Q:いいじゃん、それ。(会場爆笑) ライヴ中に、革ジャンを脱ぐ時間は前もって決まっていたのですか?

A:革ジャンを脱ぐタイミングはあったよ。やっぱり着ていると凄い動きにくいから、みんなでタイミングを決めて脱いでいた。だいたい10曲ぐらい演ってから革ジャンを脱いでいたね。

Q:10曲かぁ。(会場爆笑) 嫌いなラモーンズの曲はありますか? 気に入らないアルバムはありますか?

A:『SUBTERRANEAN JUNGLE』が嫌いだな。あのアルバムのプロデュースの仕方が気に入らない。曲は凄く気に入っているけど、ドラムの音が納得いかないので、あのアルバムそのものが気に入らない。

Q:曲の歌メロやコード進行の担当は誰でしたか?

A:ギターで曲を書いていたけど、ほとんどディー・ディーが担当していた。ディー・ディーがジョーイに聴かせて、それからジョニーに、そしてオレに聴かせ、それぞれが曲を覚えた。ディー・ディー、ジョニーとオレの3人でスタジオに入って先にトラックをレコーディングした後、ジョーイがヴォーカルをレコーディングしたんだ。

Q:ちょっと想像つかないですね、その風景。

A:確かにちょっと信じられないかも知れないね。

Q:ラモーンズのキャリアを振り返ると、ジョニーはよく「その曲は嫌いだ」「そのアルバムは嫌いだ」みたいなコメントを言っていました。僕はファンとして少しがっかりだったのですが、そんなに嫌いなら、なぜ当時「これは嫌いだから演りたくない」と言わなかったのでしょうか?

A:アルバムに入れる曲は、非常に民主主義的なやり方をとっていて、バンド内でしっかり多数決で決めていた。ジョニーが気に入らなくても、オレとディー・ディーが気に入っていればアルバムに入ったし、ジョニーが気に入っていても、他の3人があまり好きじゃない曲であればアルバムには入らなかった。

Q:全員一致で好きだった曲はありますか?

A:「I Wanna Be Sedated」「Blitzkrieg Bop」「Sheena Is A Punk Rocker」「Rock'n'Roll High School」「Do You Remember Rock'n'Roll Radio」「I Don't Care」「I Just Want To Have Something To Do」「Lobotomy」「Cretin Hop」「We're A Happy Family」あたりかな。

Q:曲作りの時に一番モメた曲はどれですか?

A:「Bonzo Goes To Bitburg」だね。当時オレはバンドにはいなかったけど、あの曲でモメたのをよく覚えているよ。ラモーンズは、基本的に政治的な歌を歌わないようにしていたんだけど、あの曲の歌詞の内容は政治的だったんだ。ジョニーは当時の大統領ロナルド・レーガンを支持していて、ジョーイはどちらかというと支持していなかった。ディー・ディーはまあまあ支持していた感じだったが、ディー・ディーが歌詞をあまり気に入らなかったんだ。さっきも言ったように、オレ達はあまり政治的な歌を歌いたくなかったから、あの曲ではかなりモメたね。

Q:DVD『RAMONES RAW』についてですが、この作品は、バンドのライヴ映像やプライヴェート映像など盛り沢山な内容で、マーキーがツアー中に撮っていた映像が多く入っていますよね。もともと、どうして自分でビデオ・カメラで映像を撮ろうと思いましたか?

A:ツアー中にビデオ・カメラを買ったんだ。9年かけて、その間使ったカメラの台数が5台、使ったテープの数が200本、2時間テープを200本だから400時間分の映像がある。初めはツアー先の風景を撮ろうと思ったけど、結局自分の側にいるバンド、ラモーンズを撮ることになった。それを編集したのが今回の『RAW』なんだ。

Q:ライヴのセットリストの選曲は誰の担当でしたか? 選曲でモメたことはありますか?

A:セットリストは、基本的に各アルバムから、その中で一番ベストな曲を選んで作っていた。そして演ってみて、オーディエンスの反応を見て、反応が良かったら、それをセットリストに残しておく。とにかく、全てのアルバムから少なくとも1曲は選ぼうということに決めていた。基本的にバンド内で、これまた多数決で決めていくんだけど、みんなアルバムの中のどの曲が一番いいかっていうのは結構一致していた。


   演奏はホントに簡単?!

Q:ラモーンズの音楽は、ビーチボーイズの影響を受けていますよね。ラモーンズの中で、誰が一番ビーチボーイズのファンでしたか?


A:ビーチボーイズを一番好きだったのはジョーイ。でも、ビーチボーイズの他にも、オレたちはビートルズ、キンクス、フィル・スペクターが手掛けたもの、ザ・フーにジャン&ディーンが好きだよ。それから、古い50年代のドゥー・ワップ、そういったものがみんな一番好きで、それを全部取り込んでオーバーラップした感じの音楽なんだ。

Q:個人的に、50年代の音楽とパンクの味の融合が結構気に入ってます。

A:うん、やっちゃったよね(笑)。

Q:その融合は、結構勇気がいりますよね。

A:どうやってやったかっていうと、とにかくどでかいアンプを持ってきて、曲を倍速にして演奏した。本当に初期のロックンロールをエレキで演奏し、そこにパワーを注ぎ込んで、とにかく速く演奏して、自分たち独自のスタイルを築いた。それと、影響を受けているものというのは、昔のイギリスのバンド、サーフ・ミュージック、それからドゥー・ワップだね。

Q:CJが加入した後も、ディー・ディーはラモーンズのために曲を作っていましたが、彼は、どうやって曲をアルバムに持ち込んだのでしょうか?

A:そうだね。ディー・ディーは、自分が抜けた後もバンドに曲を提供してくれていたんだけど、それは彼が抜けた後、ジョーイひとりに曲作りの負担がかかって大変だったということで、ディー・ディーが手伝ってくれた。ディー・ディーがやって来て、ジョニーにギターのパートを教え込んで、それでみんなで集まってCJ達に順番に教えていって、ニューヨークでみんなでリハーサルしたんだ。とにかく、ソングライティングの面で、ディー・ディーはバンドにとって非常に重要な存在だった。

Q:ジョニーは、そんなに曲作りが苦手だったのですか?

A:やはりバンドの中でメインのソングライターは、ジョーイ、そしてディー・ディーであり、ジョニーはたまにそこに参加…手助けをしていた。じゃあ、どの曲なの?ということだけど、「Wart Hog」や「Lobotomy」あたりにジョニーが曲作りで参加しているよ。でも基本的に、ジョーイとディー・ディーがメインだった。それから、オレが覚えている限り、「Blitzkrieg Bop」を書いたのは、ほとんどがトミーだ。

Q:リッチーのことはドラマーとしてどう思いますか? 人間としてどう思いますか?

A:結構それなりに貢献してくれたんじゃないかな。でも、オレは実際に会ったことがないんだ。「Somebody Put Something In My Drink」を書いたのは彼だし、そういう意味ではバンドに貢献した部分もあるけれど、その後、彼は姿を消してしまった。それ以来、誰も彼とは話をしていないよ。僕は彼とは会ったこともない。トミーは今でも友達みたいだね。

Q:ロックンロール殿堂入りの式典の時に、あなたはトミーのことを褒めましたが、とても偉いと思いました。今でもトミーとは仲がいいですか?

A:トミーとは今でも仲がいいよ。何てったって70年代のラモーンズのメンバーで、唯一生き残っている人物だからね。それから、ロックンロールの殿堂入りは、オレたちが最初のパンク・バンドなんだよね。だから、本当に嬉しかったし、オレたちが尊敬するバンド--キンクスとかビートルズ、それからもっと昔のロックンロール・アーティストのジェリー・ルイスやエルビス・プレスリー、チャック・ベリー。そういった偉大な先輩たちに並んで、自分たちの 名前が殿堂の壁に刻まれているのは、オレたちにとっても非常にクールな出来事だった。

Q:最高ですね。(アルバム『END OF THE CENTURY』のレコーディングの時に)フィル・スペクターと飲み友達になったということですが、その時、彼のイメージは崩れたんでしょうか?

A:偉大なるアメリカのプロデューサーであると同時に、偉大なる酔っ払いだ。彼とは仲良くなって、楽しく付き合いをさせてもらった。特にジョーイとオレは、仲良く一緒に飲みに行ったりしたんだけど、フィル・スペクターという人物は、この世の中に本当にあれほど凄い人は一人しかいなくて、彼と一緒に仕事ができたことを誇りに思っている。彼が無実であることも願っているし、非常に楽しく仕事をさせてもらったよ。(注:フィル・スペクターは2003年に殺人容疑で逮捕されたことがある。)

Q:DVD『RAW』の話になりますが、アルゼンチンで凄いマニアックなファンがいっぱい来て、そのシーンのBGMがホラー映画みたいで面白いと思いました。あなたのアイディアですか?

A:モノクロ映画『ゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド)』の音楽を使っているんだけど、その映画の中に、男が出てきてレンガで車をガンガン叩いているシーンがある。アルゼンチンでオレたちが体験したことが、そのシーンによく似ていると思ったので、あの音楽を使ってみた。非常にうまくいったと思っている。


 「日本のファンも車を叩くかな?」
 
 ( This photo by Sumie Inoue )

Q:もっとDVDとか制作する予定ですか?


A:たぶんね。映像はまだまだ残っているから--ただ編集するのに凄い時間がかかるし、やる以上は、やはり今回作ったもの以上にちゃんとしたものを作りたいので、そうするには結構時間がかかるかな。大変かも知れない。

Q:ラモーンズの中で大事なルールというか一番大事な規則は何だったんでしょうか?

A:やっぱりいい演奏をすること。で、とにかく何よりもラモーンズを優先すること。例えば、メンバー同士でケンカをしていても、それはステージとは別のところでやってくれ、と。とにかくステージに上がったら、100%ファンと自分たちの仲間に捧げること。

Q:素敵な方針ですが、バンドのメンバーは全員そのルールを守りましたか?

A:もちろん。それがオレたちにとって一番大事なことであり、オレたちは常にタイトな演奏を心がけた。そして、観に来た人たちが満足してショウを後にするよう演奏し続けたことによって、ファンや友達を納得させていたんだよ。

Q:最後の質問です。一番大事な質問ですが、日本のピザはどう思いますか?

A:食べたことがないよ(笑)。日本に来たら、せっかくなのでおいしい食べ物を食べたい。だから、スシを食べたい。ワサビが凄い好きなんだよね。鼻にツーンときて、それが脳にガンときて、何かスッキリした感じ。あの感覚が凄い好き。なので、ピザはニューヨークにいる時しか食べない。

Q:これで終了です!

>>>>>このあとプレゼント・タ〜イム♪
マーキーのサイン入り革ジャン1着を抽選で一名に進呈、106番のチケットを持っていた女の子が当選しました。おめでとう!!!
「前に出てきて! 恥ずかしがらないで! みんな大きな拍手!」とマーキーが自ら盛りあげ、「ヘイ・ホー・レッツ・ゴー!」と観客に言わせる一幕があったのでした。


 「明日の朝食はピザ」ってメモってる?!@楽屋

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■□■ 2005年3月12日(土)
■□ マーキー・ラモーン トークショー@HMV渋谷店
■ 司会:マーティ・フリードマン

(偶然?!昨夜と同じ曲「I Just Want To Have Something To Do」が流れる中、マーキーが登場)

Q:日本はどうですか?

A:今までで最高だよ。

Q:日本について一番記憶に残っている印象は何でしょうか?

A:日本の何が好きかというと、色々なハイテク・グッズはもちろんのこと、日本食が大好き。あとは、日本でラモーンズの音楽を支持してくれる人がいっぱいいること。そして、ラモーンズ音楽の伝統をずっと引き継いでくれているところ。日本のそういった面が凄く好きだね。

Q:バンド初のオフィシャルDVDとなる『RAMONES RAW』が3月2日に日本でやっと発売になりました。これだけ長い活動を続けたバンドなのに、今までオフィシャルDVDがなかったのが不思議なんですが、制作に時間がかかったのでしょうか?

A:理由は、編集するのに非常に時間がかかったことが一番大きいね。実は、オレが持っているビデオ・テープの量なんだけど、2時間テープで200本もあるということで、合計400時間の映像があったんだ。それを全部見て、何度も何度も編集し直して、自分が納得できるものができるまで、とことんこだわって作ったよ。やっぱりいい作品を作るのには、どうしても時間がかかってしまうのと、自分にとって最善のモノを出したかったということで、これだけ時間がかかってしまった。

Q:なるほど。映像特典には、貴重なテレビ出演のシーンが多く入っていますが、これらの映像を集めるのは大変でしたか?

A:何度も電話をかけて、返事をずーっと待つという作業はした。やはり他の会社が持っている映像なだけに、権利関係だとか契約書にサインをしてもらわなければいけないという作業があって、電話したりメールなどのやりとりに非常に時間がかかったのは確か。でも、今回『RAW』に入っている映像に関しては、ほとんどの人がとても協力的で素材を提供してくれたよ。


「渋谷の街はにぎやかだねっ♪」

Q:マーキーとジョニーの音声解説が入っていますが、この収録をした時の様子を教えてください。


A:実はこのコメント録りというのは、ジョニー・ラモーンの最期のラモーンズの仕事だった。病気のために、彼が住んでいるロサンゼルスにオレが会いに行って、スタジオで編集し終わった『RAW』の映像を観てもらい、各シーンについてジョニー本人が色々コメントしてくれたんだ。その時は、コメントができるくらい元気だったんだよ。だから、本当に頑張ってくれたんだ。

Q:昨日も聞きましたが、どうして毎年毎年、演奏する曲のテンポがどんどん速くなったのですか?

A:演奏するたびに簡単になっていったからだよ。

Q:バンドのメンバーの中に、速すぎると言う人はいなかったんですか?

A:それはオレだよ。オレは、グルーヴ感を凄い大事にしたいんだけど、あんまり速すぎるとそのグルーヴ感がなくなってしまうんだよね。

Q:今BGMに「Lobotomy」が流れていますが、この曲には何となく変拍子が入っているじゃないですか。だから、ラモーンズってプログレ(ッシヴ)・バンドと言われたことはあるのではないですか?

A:たぶん俺たちがプログレ・バンドと言われることは絶対にないだろう。そこまで頭が良くなかったしね。

Q:80年代半ばにジョーイの声が変わりました。アルバム『ANIMAL BOY』あたりで、急にジョーイの声が深くなってデス声に似た声になったと思うのですが、それは何ででしょうか? わざと?

A:その頃は、実はディー・ディーとジョーイは別々に曲を書いていて、それぞれが人間としても成長し、色々思うところを曲にしていたと思うんだよね。だから、たぶんジョーイはその時に感じた怒り等を声に反映させていたんじゃないかな。

Q:ラモーンズの曲の中に一番嫌いな曲はありますか?

A:1曲ではなく、『SUBTERRANEAN JUNGLE』のアルバム自体が実はあまり気に入ってない。

Q:一番好きな自信作は何ですか?

A:トミー・ラモーン時代の作品では、「Sheena Is A Punk Rocker」収録の『ROCKET TO RUSSIA』。オレが参加した作品では、『ROAD TO RUIN』『MONDO BIZARRO』『PLEASANT DREAMS』だね。あとファーストも気に入っている。以上が、無人島で聞いてもハッピーになれる作品だ。

Q:アンクル・フロイド・ショー以外のローカル・テレビ番組に出演したことはありますか?

A:ハワード・スターンの番組や、デヴィッド・レターマンとかジェイ・レノ・ショーなど結構出ているよ。それらの映像を発売するかに関しては、たぶんいつかはしようと思っているけど、だいたい1〜2曲演奏しているだけだからね。ハワード・スターン・ショーに出演したものは、今回の『RAW』に入っているよ。

Q:ライヴの時に革ジャンを脱ぐタイミングは決まっていたのですか?

A:たぶん10曲目が終わった頃に、だいたいみんな脱いでいたと思う。

Q:みんな同時に脱いだんですか?

A:ジョーイは時々ライヴ中ずっと着っぱなしということがあったけど、だいたいその日の気温によるかな。

Q:しつこいかも知れないですけど、どうやって10曲目と覚えるんですか? セットリストに書いてあったのですか、「革ジャンを脱ぐ」って?

A:10曲目がどの曲か事前に覚えておいて、これが終わったら脱げばいいんだって分かったよ。

Q:革ジャンの寿命は何年ぐらいですか?

A:一生モンだね。

Q:持っているのは一着だけですか? 例えば、87年のツアーはこれ、88年のツアーはもう一着といったことは?

A:もともと4着のオリジナル・ラモーンズ革ジャンを持っていて、ずっと交代で着ていたんだけど、オリジナルは途中で破けてしまって縫い直したんだけど、あまり着ないようにしまっておいたりしたよ。4枚のうち、1枚はチャリティに出した。1枚は友人にあげて、1枚は盗まれ、もう(今着ている)この1枚しか残っていない。


「この革ジャンはあげないよ〜」

Q:DVDの話に戻ります。あなたとジョニーは映画好きですが、『RAW』の中に映画のパートが入っていますよね。あなた自身が監督し、映像を作ってみようと思っていますか?


A:映画の監督は無理かな。出演依頼があれば出てもいいかなと思っているけど、オレは監督向きじゃないよ。ただ、映像はまだ残っているから、DVD『RAW』の続編というのは十分に考えられる。映画の監督はちょっと勘弁してほしいね。

<ここでお客さんから質問募集>

客1:明日ミスフィッツのショウがありますが、それを楽しみにしているファンに言うことがあればお願いします。

A:日本でプレイすることを、いつも本当に楽しみにしているよ。明日はミスフィッツのジェリー・オンリーとブラック・フラッグのデズとのライヴだから、ミスフィッツの曲、ブラック・フラッグの曲、ラモーンズの曲をいろいろとり混ぜながら演る予定。本当に日本でライヴを演るのをいつも楽しみにしている。


 翌日 撮影中の現場を目撃!@楽屋

客2:CJとまたプレイする予定はありますか?


A:そういう予定はないね。今、付き合いがあるのはトミー・ラモーンだけ。

客3:日本のバンドで好きなバンドはいますか?

A:80年の初来日時に知り合ったシーナ&ザ・ロケッツは凄いいいバンドだと思った。あと少年ナイフが好きだし、バルザック、ギター・ウルフも面白いね。大阪ポップスターも好きだよ。

客4:ラモーンズのライヴで一番印象に残っている、一番よかったと思う演奏はいつですか?

A:ライヴは全部よかったよ。デキがあんまりよくなかったライヴでも、オレの中では凄くいいライヴだと思うし、デキがよかったライヴは本当に最高のライヴだと思ってきた。みんなとにかくタイトな演奏を心がけていて、それができたと思っている。一本のライヴに絞るのは非常に難しいけど、オレが持っているライヴ映像の中にサンフランシスコで演った79年のモノがあるけど、それは非常によかったと思う。ただ、やっぱり一本だけに絞るのは難しい。

Q:ラモーンズ加入後、最初のライヴ体験を覚えていますか?

A:78年の春に演ったポキプシー(ニューヨーク州)でのライヴなんだけど、オレが初めて参加して、リハーサルも非常にうまくいって、ライヴもなかなか上デキだった。演るたびに馴染んでいて、だんだん自信がついていったよ。今でも最初のライヴは覚えている。

Q:『RAW』では、ハッピーなラモーンズの面を見られますね。映画『END OF THE CENTURY』は、少し深刻で現実的すぎますが、なぜ2つの作品はそんなに極端なんでしょうか?

A:『RAW』はオレが監督と一緒に作ったからで、『END〜』は、あれを作った監督がそういう方向性--ラモーンズのダークな面に焦点をあてた作品を作ろうと思ったからだろうね。でもオレは、『RAW』の中では非常に楽しくてハッピーでみんなが笑っている――そういったものを捕らえたかった。というのも、ラモーンズにいる間は楽しいことが多かったからだよ。

Q:映像を観ると、バンドの中ではマーキーが一番明るい人みたいで、いつもふざけていたりトイレのシーンもあったり、全然恥知らずタイプ。ひょっとしたら、マーキーのおかげでラモーンズのツライ時が少し明るくなったんでしょうか?

A:オレはなるべく楽観主義でいるよう務めていて、いつも冗談を言ったり、みんなを笑わすんだけど、バンド内にはジョニーとジョーイの間でケンカとか起きて、非常に緊張感が走る場面も結構あった。そうなると、自分やディー・ディーにも影響してくるということで、その緊張を解く意味でも、色々冗談を言ったりしてみんなを笑わせれば、緊張を解くことができるんじゃないかなと思ってやってたんだ。

Q:(観客に向かって)他に質問がある人?

客5:マーキーから見て、ジョニー、ジョーイ、ディー・ディーの3人は、どんな感じだったんですか?


A:ジョーイは非常にシャイで物静かな人だった。ジョニーは言いたいことを言う人。ディー・ディーは嵐のようなワイルドな男で、二面性を持っていたけれど、バンドの中では一番仲が良かったメンバー。


ステージを降りながら 「いい汗かいたぜ〜」

Q:ライヴではフォーメーションが結構ありますが、あれば誰のアイディアですか?


A:ステージを前へ行ったり後ろへ行ったり、あとギター・ブレイクでキメることを言っているんだと思うけど、それはディー・ディーとジョニーとで思いついたもので、振り付けみたいな感じでみんなでやっていたよ。

Q:最後の質問になりますが、プロモーション・ビデオ「Rock'n'Roll High School」であなたは女装してますが、他にもラモーンズのビデオ・クリップでこっそり変装していますか?

A:あれだけだよ(爆笑)。あの1本でだけ女装している。先生役で出ているんだけど、ハリウッドにある貸衣装屋に行って服を選んで、そこで服に着替えて、実はスタジオまでロサンゼルスの街をそのまま歩いて行ったんだ。人々がどんな反応をするか見てみたかったんだけど、みんな誰もオレだって気付かなかったよ。

Q:ありがとうございました!

<END>

2005.05.20

テキスト及び写真 : 畔柳ユキ / Ramones Fan Club Japan (c)RAMONES FAN CLUB JAPAN
ALL TEXT & Photos by (c)yuki kuroyanagi & (c)RAMONES FAN CLUB JAPAN

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