大変永らくお待たせしました。
今回は創刊号であるvol.1から僅か4ヶ月後の1994年12月に届いた待望のオール・ラモーンズ・ファンジン『LOCO PRESS vol.2』をダイジェストで紹介します。
この“4ヶ月”という短期作成がまさに『ラモーンズの激情』から『LEAVE HOME』の流れではないか!!と、届いた当時は必要以上に考え過ぎの興奮状態 ! ! さらにvol.2に掲載された当時のYUKI会長のメッセージを紹介すると、「HELLO EVERYBODY!! 元気? 例年どーり、世間じゃラモーンズの話題も少なくなってきた頃だがFCの会報は凄いゾ!! 今回掲載の写真はすべて未発表!このvol.2の為に撮りおろしたエクスクルーシブPHOTOSです!」というサラッと凄いメッセージ!! 当時のRAMONES FC JAPANの会員が『LOCO PRESS』で有り難かったのが他誌では絶対に見れないラモーンズの写真が山盛り見れることだったのだ。これはYUKI会長の本業がフォトグラファーだからこそのFC JAPANの特権でした!
さっそく、一気にボルテージが上がりまくったvol.2をYUKI会長の裏話を交えつつダイジェストで紹介します!!










Ⅰ:メンバーからFC JAPANへメッセージが届いた!
” Message from Ramones! ”





ページをめくると、いきなり飛び込んできたのがRAMONES FAN CLUB宛てに届いたジョニー、ジョーイ、CJ、マーキーの全メンバーからの直筆メッセージ!! 当時はメンバーの性格やプライベート情報なんて少なくて、謎だらけのバンドだったのでサインを見るのも俺は初めてだったし、ファンの多くが“生ラモーン”を初めて感じた瞬間でした。ここで会長に質問。

Q:日本の出版物でラモーンズの直筆メッセージは初じゃないでしょうか?メンバーは快く書いてくれましたか?

YUKI会長:「書いてくれたよ。逆に1枚でいいのか? もっといらないのか? ぐらいな勢いで。日本の雑誌に掲載されたサインは音楽雑誌『MUSIC LIFE』が多分初だと思う。ラモーンズの初来日前に、アンケートが掲載された。1980年頃だね。自分の目の色と髪の色は? なんていう質問にも真面目に答えてたよ。ラモーンズが(笑)。私がメンバーの直筆の文字を見たのはその『MUSIC LIFE』なんだけど、文字って性格が見えるというか繊細そうだな…とかあるじゃない? しかもみんな真面目に書いていたと記事にも記載されていたので、それも面白いと思ったよ。私がその『MUSIC LIFE』を見た時のように、会員の人達も感じてくれたのかな? ツイートも何もない時代だけど、その情報の無さが勝手に妄想をかき立ててくれて面白い時代だったと言えるかもね。とにかくメンバーは全員、もうこれでもかというくらい日本のファン・クラブに対して積極的に何でもやってくれた。これはFCの存在云々に対してじゃなくて、日本のファンに感謝を示してくれてるんだなぁと当時も感じてたよ。」




Ⅱ:UK TOUR '94 レポート


続いて、当時のスタッフが実際に参加したという羨ましすぎる1994年UKツアーでのLIVEをレポート! しかもFC JAPAN独占フォトが盛りだくさんでプライベート・ショット満載!中でも凄いのが、ジョニーが“あの!”マンソンTシャツを着てリラックスしている姿や、ジョーイが『LOCO PRESS vol.1』を持っているショットも有り。 会報がなければ想像すら出来なかったイギリスでのLIVEレポートは貴重で、“川崎チッタ並みに盛り上がってダイヴの波も止まらない!”と書かれていて、ラモーンズは世界中どこでも変わらない熱いステージを続けるタフなツアー・バンドなんだな~と実感。
LIVEレポートだけでなく、イギリス滞在珍道中もそこいらの旅行エッセイより面白過ぎる。




Ⅲ:LOS GUSANOS - CJ ラモーン・インタビュー!

CJのLOS GUSANOSとしてのインタビューはおそらく日本初!? それどころか当時の日本ではCJのプライベート情報は他誌では掲載される事もなかったのでファンには嬉しい興味深い企画となりました。内容はLOS GUSANOSのメンバー紹介から、結成のいきさつ。そして活動の基礎となったネイティヴ・アメリカンへの想いを熱く語る内容(CJにはインディアンの血が流れている)となっており、ラモーンズの一員としてではなくLOS GUSANOSとしての別のCJが見れる貴重なインタビューです。




Ⅳ:MUZIC ZONE 第2回
「座談会/今こそ語る『IT'S ALIVE』




でました!今回も夜な夜な開催された恐ろしくファンジンならではの濃い~座談会!覚えていますか? 第1回のテーマを! 第1回は「ディー・ディーのソロを語る」でした。濃厚具合がハンパない(笑)。 その第2回目のテーマは『IT'S ALIVE』。しかも“今こそ語る”というサブ・タイトル付き!!
確かにCJが加入しスピード感溢れるLIVE盤『LOCO LIVE』がリリースされ、当時のラモーンズの勢いをそのまま再現していたので『IT'S ALIVE』を“今こそ語る”と書いていることが時代を表していて興味深い。 読み始めるとやっぱり内容はハンパない! 『IT'S ALIVE』が収録された1977年のレインボー・シアターの会場にいたという羨ましすぎる方がいきなりスタッフの座談会に参戦! 「あの日は入場者全員にミニ・プラカードがプレゼントされ、それをみんなで振り回したよ!」という衝撃的なエピソードをサラッと掲載。 さらにさらに東芝EMIのラモーンズ担当であった野津さんも参戦し、「日本盤が権利の問題で収録曲を減らされちゃってね」と貴重な裏話をまたもやサラーッと掲載。 しかもこんな凄いメンバーなのに1ページのみという歯がゆさ……! ! ! これ10ページでも20ページでも読みたい内容なんですけど。 こういった裏話を知れるのもLOCO PRESSの醍醐味でした。



Q:このディープな座談会シリーズ、テーマが良いですよね?(笑)

YUKI会長:「情報が少ないのはいいね、なんて当時は心にも思っていなかったことを今はサラリと言う(笑)。何もわからないってすごいことで、妄想度合いがハンパないんだよ。 『IT'S ALIVE』は、今でこそ映像まで出てきちゃって、いろんな様子が完璧に見えている状態だけど、当時はLPのフロント・カバーの写真を眺めながら妄想スイッチON(笑)。そこに見た人がいて話を聞いても、現実的に想像できないからこっちもろくな質問も出てこない。へええええ、わああああ、ばっかり。ただ、このFCは私自身が既に音楽業界で働いていたから、わりと貴重なネタは入手できていたかな。イギリス・レポートはロンドン在住のカメラマンにオファーしちゃったからね。プロです。そんな感じだったから、音楽業界でもラモーンズに関わった人を見つけちゃあ、ねえねえ、あの時どうだったの? と今の20代の会員さん達みたいに目をキラキラさせて質問攻撃していたんだと思うよ。」




Ⅴ:I'M RAMONES MANIA vol.2
  全日本プロレス:本田多聞 (TAMON HONDA)




そして最後のページを飾るは、現在のFC JAPANのHPでも続いている連載 “I'M RAMONES MANIA”のvol.2。今回登場したのはレスリングで3期連続オリンピック出場する等、数々の実績を残し、全日本プロレス入りを果たしてからも「燃える赤鬼」「原人」「五輪の星」といった愛称で親しまれた名レスラー本田多聞(ほんだたもん)選手が登場!! 多聞選手を知らない人のために少し説明を加えると、試合の入場曲にはUKハードコアパンクバンドG.B.H.の「NO SURVIVORS」を用いて登場し、 ラモーンズを愛するあまり「タモーンズ」を結成してボーカルのジョーイ・タモーンを名乗るほど。タモーンズでは、実弟が率いていたバンド・超絶トリックスターの協力のもとCDもリリースされており、実は自分もこのvol.2を読む前に日本にタモーンズというラモーンズ直系バンドがいるという噂を聞きつけ、レコード屋で「TAMONES」のLIVE VIDEOを買って見たらブッたまげた!!出て来たボーカルを見て「何じゃこのデカさは~!!」と口がアングリ!本気で、「両サイドのギター&ベースが小さ過ぎなのか?」「どんな遠近特殊撮影法を使ってるんだ?1カメなのに…」 と別の意味でも釘付け。後日、このジョーイを横にも大きくしたような謎の188㎝、136㎏のボーカルがプロレスラーの本田多聞選手と知り、バンド名の「タモーンズ」も、そのまんまだったのかということが判明した。 そんなこんなで、LOCO PRESSのインタビューを見た時、妙な親近感があったのを覚えています(笑)。インタビューでもラモーンズ・マニアっぷりを気持ちよく語ってくれていて、雑誌『週刊プロレス』の記事で“尊敬する人は?”の質問に“ジョーイ・ラモーン”と書いた話は最高。『ジョーイの“続けていくことは力だ”的なところが、ウチの社長(ジャイアント馬場)の姿勢に似ているんですよ。ひとつのことを続けて行くことはすごく大変だけど、流行り廃り関係なくそれを貫き通しているところなんか特に尊敬しますね』という言葉にラモーンズとプロレスを愛する多くのファンが感激しました!!


Q: 会長、多聞選手の印象はどうでしたか? また、“I'M RAMONES MANIA”の選考はどのように決めていたんですか?

YUKI会長:「当時、周りの人から本田多聞さんがラモーンズ・ファンということを教えてもらっていたので、お会いするのはとても楽しみだったんだけど、私プロレスのこと詳しくないから大丈夫かなという不安と怖い人だと嫌だなといういかにもプロレス知らない奴の先入観があった(笑)。でも実際にお会いしたら(当時も今も)凄く静かな紳士。体が大きいし闘うお仕事だからという先入観はすぐ消えた。プロレスをやっている人って普段はこんなに静かなんだなぁと、とにかくその落差に驚いた。MANIAのセレクトは、同時は「噂」で決めてたよ(笑)。あの人ラモーンズ好きらしいよっていうのを頼りに調べて裏がとれたら取材を申し込むという単純な流れ。だから、誰がどれだけラモーンズのことを好きなのか、よく分かってなかった。バンドだったら演奏したり表現するからまだわかるんだけど。今も人づてにあの人ファンらしいとか、聞いてから裏とってる感じ。だってラモーンズのことは、誰でも好きって言うからさ。あとはラモーンズ関連で話題になっている人に話を聞きたいと私が思ったらお願いしている。
このコーナーは、やって良かったと思っているし、今も楽しいよ。老若男女それぞれのラモーンズ愛がしっかり感じられて凄く面白い。予想以上に好き具合が凄い人や、逆にマニアックじゃなくてもこうゆう部分やこの曲が好きというこだわりを持っていたりとか、とにかく話は千差万別、全部面白い。私と年齢が親子ほど違う若いバンドの子と話してても、好きなポイントが近かったりして驚くこともしょっちゅうある。だだのバンドのことなのに、語ってもらうと、どんだけ理由や思いがあるんだろうという部分も凄く楽しんでる(笑) こんなに面白い話がきけるのもラモーンズを聞くリスナーの年齢も関係なく、今聞いてもポピュラーで、日本のファンは熱心だからだと思う。」







Q:『LOCO PRESS vol.2』で感じたのは、YUKI会長の本職である“写真”が多く掲載されている事がファンには嬉しかったです。現在はHPでカラー写真が普通に見れますけど、LOCO PRESSの写真は勿論白黒の印刷なんですが、それでも良い味で残っていますしね! 撮影にメンバーは快く協力してくれましたか?

YUKI会長:「他のバンドのファン・クラブのスタッフに聞いてみたいくらい、バンドってこんなにFCに協力してくれるものなのか…というほど協力的だった。何を頼んでも、もっと、もっとじゃないけど、他にはいいのか? という感じで快くやってくれた。全員ね。写真に関しては、お金持ちだったらカラーで作りたいところだったけど、ポケットマネーで会報カラーにはできませんでした。あれはあれで良しってことでさ。撮影は『I Love RAMONES』にも書いたけど、ジョニーが撮影が大嫌いだったから、他のカメラマンは困ることも多かったと思うよ。ここだけは私の特権で、常にスムーズ。楽屋に居ても良かったくらいだからありがたい話だよね。でも楽屋って意外とつまんなくて、友達と話したいからいつも逃げてたけど(笑)」

Q:そして会員からの手紙やイラストが多く掲載され、スタッフだけでなくファンも一緒に楽しむファンジンという感じが生まれていました。vol.1のリアクションは大きかったですか?

YUKI会長:「正直言ってVol.1は、作ってる側からするとぺらっぺらっで、あーあって感じ。でも最初はどうしたらいいかわからないし、結局は会報って企画力の勝負だから、ない頭でいろいろと考えたけど、あんなもん(苦笑)。言い訳がましいけど、会報の内容よりも、ラモーンズを応援するコミュニティができた、コミュニティがある、という存在価値の方が重要だった。基地を作ったというかね。FCを作れというのは、ジョニーのリクエストだった。だから他のFCはわからないけれど、ファンが集まって応援するために結成された集合体というよりも、軍隊的にいうと(笑)、日本に基地を作ったって感じ。スタートした瞬間から、これでジョニーと私の間にラモーンズをもっとアピールできる場所、交流できる場所が確保できたなという意識というか。日本のアジトが完成したというか(笑)。バンドのメンバーは、向こう側にいて待っているではなく、基地ができたから、こっちに来ていろいろやれるぞという感覚…言ってること通じてるかな? そんな気持ちだったかな。だから私はVol.1が出来て、ジョニーに送った時の気分は『隊長 ! こっちの準備は整いましたっ!  いつでも指令お待ちしてます。イエッサー!』って気持ちだったね(笑)。あのさ、今言ってる説明で通じてる?(笑)」

Q:超通じてます(笑)。ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパンのスタンスであるファンを大事にしてファンとのコミュニケーションの場を支持する活動は1994年の当時から2014年の現在までブレていませんし、 まさにファンを誰よりも大事にするジョニー・ラモーンの望みであったとも思います。今年もよろしくお願いします!

YUKI会長:「今年も頑張る。ブレてないといいけどね。バンド(メンバー)が居ないから、そこだけは気をつけてるよ。まあ、頑固だから大丈夫かな。ジョニーは人を見るから、頑固女を選んだかもね(笑)。よろしくお願いします」


YUKI会長ありがとうございました!








~予告編~
次回は1995年4月に届いた『LOCO PRESS vol.3』を紹介します。 この当時はNEWアルバム『ADIOS AMIGOS』の発売が決まった時期で、直訳で「さらば友よ」という意味深なアルバム・タイトルに「まさか!解散・・・?!?」と日本全国のラモーンズ・ファンが解散発表前に感じた何とも言えない“あの!!”雰囲気をvol.3と共に紹介したいと思います!!お楽しみに!! <シン>




企画・編集 / FCスタッフ : シン
アート・ワーク / FCスタッフ: ヤーボ・ラモーン(東京ラモーンズ)

記事及び写真の無断転載を固くお断りいたします。



 










 



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