CJのインタビューがスタッフ香ちゃんの徹夜作業によって、出来上がりました!!!(おつかれさまー!)
会員の方はmembers onlyから入って読んでください。
結構時間かけたインタビューだったんだけど、あっというまでした。
「ジョニーにかけてもらった最後の言葉を聞いた時は?」
「なくなったメンバーの1番の思い出は?」など、深い話しを言葉を選びながら、また言葉につまりながら、いろいろ話してくれました。
そしてたった今CJからニュース・メールも届きました。
順次アップしていくので、待っててね。ログイン・パスワードを忘れた人はメールください。その際に会員番号と名前をおわすれなく。件名に「パスワード忘れた」と書いてramonesfcj@yahoo.co.jpまで。 感想やご意見おまちしてます。
非会員の皆様にも一部をご紹介します。<ユキ>
######## Select Of CJ RAMONE INTERVIEW ########
●ところで、私(カイチョー・ユキ)と最初に会ったのはどこだか覚えていますか? 1990年に成田空港です。私は成田であなたの差し出した握手を拒否してしまいます。これを覚えてますか?
CJ:最初にあったのはホテルのロビーだと思ってたよ。でもその反応は当時ぜんぜん珍しなくて、あの頃はよくある反応だった。オールド・ファンからすれば、当然なんだ。俺だってディー・ディーが辞めてしまったっていうニュースは相当ショックだったからね。そんなポジションに自分が入るんだ。どういう反応が来るかはある程度はわかっていたよ。ユキの反応はまだかわいいもんで、加入後、初のイギリス・ツアーなんて、コインを持った手で殴られたり、唾を吐かれたり、ビール瓶で襲いかかってきたり、どこへ行ってもそんな反応だったよ。でもそれは俺にとっての洗礼というか、ここを通過することで認めてもらえるんじゃないかと思って甘んじて、受け入れる覚悟はしていたよ。
●2004年にLAで行なわれた、RAMONES 30thアニバーサリーでダニエルと共演したのを見ましたが、あれはこのバンドをスタートするきっかけになっていますか?
CJ:うーん、必ずしもそうではなかったよ。ダニエルはプロデューサーでジョニーのギター・サウンドを理解していたし、ステージ上で聴くダニエルのギターや音は、俺にはジョニーのサウンドを思い出させるものだった。このプロジェクトはラモーンズへのリスベクトや愛なしでは成り立たないと思っていたし、俺はジョニー、ジョーイ、ディー・ディーへの敬意を持ちながらプレイしたかった。ツアーで金を儲ける為のプレイとは違うんだ。それが何よりもこのバンドをスタートさせる俺にとって最も大事な理由だった。それなしで俺がツアーしたらきっと今頃ジョニーだって怒っていただろう。ジョニーやジョーイがいなければ、ラモーンズじゃないのは誰でも分かっているさ。でもラモーンズ解散後、映画や本、いろんな形でラモーンズのネガティヴな場面ばかりが取り上げられた。ラモーンズがなぜ有名になってみんなのリスベクトを得ることができたのかは、メンバーがガールフレンドを取り合ったとか、メンバー間の確執とかそんなネガティブなことじゃない。最高の曲があったからなんだ。それを生きている自分が伝えなきゃいけないと思ってこうしてやっているんだ。